KOYAMAIKE RESEARCH CENTER
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錦織 勤 先生  鳥取大学地域学部 地域環境学科 
天神山城の復元についての研究

 天神山城は国幡守護の居城だった城で、ほかにはない特徴をもった重要な城です。
いまは緑風高校の敷地のなかに埋もれていますが、発掘されれば、烏取県の宝、というより日本の宝になる遺跡です。大切に後世に伝えてきましょう。
始めに

一山名氏と天神山城の歴史一

山名氏の歴史

 建武4年(1337)、山名時氏が伯耆守護に任命される、観応の擾乱(1350〜52)で、尊氏弟の直義方につき、尊氏(室町幕府)と敵対⇒10年余りにわって実力で山陰地方を支配幕府に帰属した時(1363年)、山名一族は伯書・因幡・月二波・丹後・美作の守護に任命された。
 以後、明徳の乱(1391)などの浮き沈みはあるが、室町幕府で有力な守護大名でありつづけた、但馬、因幡、伯耆の守護職は一貫して保持し続けていた。

天神山城の歴史

 室町期の因幡の守護がどこに本拠を置いていたかはよくわからない、ただ少なくとも、15世紀半ば以降、天神山城を本拠としていたことは確か。
 永禄6年(1563)に、山名氏(豊数)が天神山を退去⇒天神山城は鳥取城の武田高信の支配下に入る。


天神山城の実像

卯山地区の位置付け

むすびに

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