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田中寒樓句碑

田中寒樓句碑

明治十年、河原町小畑のの上原家に生まれる。和歌俳句に親しむ家系に育ったので、少年時代から俳句を作り、鳥取中学(現鳥取西高)在学中から正岡子規が選をする新聞「日本」の俳壇に投句し、それが子規の高く認めるところとなり、子規をして「因幡に寒樓あり」と言わしめた。本名上原国三郎をもじって寒樓(さむろう)かんろうと号した。
 大正十一年に用瀬尋常小学校の校長として着任。同十四年まで約三か年在職し、町民に深く親しまれ、数々のエピソードも残している。碑に納めた句は、放浪の詩人寒樓をほうふつとさせるものである。昭和四十五年没。碑の建立に当たっては元小学校ゆかりの地として現役場地内が選ばれた。

【建立場所】用瀬町役場敷地内
【建立年月】昭和五十八年(一九八三)十一月
【建 立 者】用瀬文学碑建設の会
【揮 亳 者】自筆
【寸   法】高さ一〇九 横幅一四七 厚さ五三cm


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