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伊福吉部徳足比売墓跡(いふきべとこたりひめはかあと)

伊福吉倍徳足比売墓跡宮ノ下小学校の東側、山の中腹にある無量光寺の裏山(岩常山)を100メートル程登ると、鉄筋コンクリートで場所柄珍しい平覆の建物があります。

ここが伊福吉部徳足比売(いふきべとこたりひめ)の骨蔵器を納めた石櫃(ひつ)の発見された所です。

今から200年余り昔、安永年間に土地の者が、露出していた平たい石を起したところ、銅製の立派な骨蔵器が納めてあり、その蓋に埋葬当時の由来を記した墓誌108文字が刻まれていました。

墓誌には、古代因幡国の豪族伊福吉部の娘徳足比売は、42代文武天皇の御代に大和の宮廷に任え、慶雲4年(707)従7位下を賜ったが、和銅元年(708)7月、大和で亡くなり、同3年10月火葬にし、故郷の因幡国に送られ、骨蔵器に入れて葬ったことが記され、併せて後の人がこの墓をこわすことがないよういましめています。

この墓誌は因幡国に残る最古の文字であり骨蔵器は非常に立派で歴史的意義の高い国の代表的逸品と評されています。



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