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亀井茲矩と譲傳寺

亀井茲矩と譲傳寺

じょうでんじ
亀井茲矩の菩提寺 譲傳寺



海の向こうを見据えた豪快な殿様 亀井茲矩

  鹿野城主・亀井茲矩は、尼子氏の家臣の時代から豪快な武将として数々の手柄をあげ、豊臣秀吉とも意をつうじており、秀吉が「領地として欲しいところはどこか」とたずねたのに対し「琉球(沖縄)をください」と返答し、秀吉は茲矩の大胆な発想を褒め讃えて、「亀井琉球守」と軍扇に書き与えたといわれています。

 その後、関ヶ原の役には、東軍(徳川家康方)に属し、その功によって家康から領地の加増を受けますが、狭い日本に飽き足らず、朱印船貿易を行いこれによる利益で領内の開拓、殖産にも力を入れ現在の城下町を築きました。

   茲矩の墓石には、「中山道月大居士」と刻まれいます。中山道とは中国風にいって琉球の別名で、遥か海の向こうを夢見た茲矩の壮大なロマンを感じさせます。

  また、亀井茲矩とその一族の菩提寺・譲傳寺には、亀井一族ゆかりの品々が納められ、茲矩が文禄慶長の役に従軍したときの将来品(天狗の爪、虎の爪、毛氈など)が寺宝として保存されています。
 


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