郷土出身漫画家谷口ジロー作『父の暦』感想文募集事業 優秀者および作品紹介
鳥取市出身の漫画家で、国内外で高い評価をうけている谷口ジローさんが、ふるさと鳥取への思いを込めて描いた作品『父の暦』の単行本が平成20年10月に増刷されました。これを記念し感想文を募集したところ、たくさんのご応募をいただきありがとうございました。選考の結果、優秀者が決定しましたので紹介します。
谷口ジローさん紹介
昭和22年生まれ。遷喬小学校、北中学校、鳥取商業高校を卒業。京都で会社勤めのかたわら漫画を描き始め、昭和46年デビュー。作品多数。繊細で迫力ある描写力が特徴。ふるさと鳥取を舞台にした『父の暦』、倉吉を舞台にした『遥かな町へ』がある。『遥かな町へ』『神々の山(いた)嶺(だき)』で第3回・第5回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。
海外での評価も高く、韓国、台湾、ドイツ、フランス、スペイン等でも翻訳本が出版され、『父の暦』『遥かな町へ』『神々の山嶺』がフランス、スペイン、ドイツなどのマンガ賞を受賞。
『父の暦』あらすじ
「父の暦」 (C)谷口ジロー/小学館
鳥取大火が原因で母親と離別することになった主人公は、父親に不満とわだかまりをもったまま成長し、やがて故郷(ふるさと)を出て行きます。父親の訃報(ふほう)をきっかけに、16年ぶりに故郷にもどった主人公を、人びとはあたたかく迎えます。通夜の席で家族の追憶から浮かび上がる父の素顔に、主人公のわだかまりは消え、ふるさとに対する思いが大きく転換していきます。
「父の暦」感想文募集事業 優秀者
最優秀賞 ジュニア部門 醇風小学校 5年 中村 海 (なかむら かい) さん
優秀賞 ジュニア部門 桜ケ丘中学校 3年 西村 和晃 (にしむら かずあき) さん
優秀賞 ジュニア部門 遷喬小学校 6年 植垣 寛哉 (うえがき ひろや) さん
優秀賞 一 般 部 門 三橋 泰子 (みつはし やすこ) さん
優秀者作品紹介
◎最優秀賞作品
「「父の暦」を読んで」
ジュニア部門 醇風小学校 5年 中村 海(なかむら かい)
ぼくがこの本で一番印象に残ったことは、絵がすばらしいということで、それは、小さな物を細かく、ていねいに書かれていて、その場面、様子などがとてもよく分かったからです。読みながら絵を見ていて、とてもわくわくしました。
物語を読んでいてぼくが思ったことは、最初に父の武さんが亡くなったことを聞いて、主人公の陽一さんは、あまり悲しくなかったみたいだけど、通夜の日に親せきの人に、父のやさしさを話してもらい、自分を思ってくれているという事を知り、悲しくなったところで、ぼくは家族の大切さを学びました。それとぼくはお兄ちゃんなので、妹のこと、家族のことをしっかり支えていかなくちゃという気持ちになりました。
そしてぼくはこの物語のと中で陽一さんが言っていた、
「もう、ええから帰って」
という言葉がとても気になりました。
これは中学で陸上部に入っていた時、すごくきつい練習をしていて、急にアキレス腱が切れ、入院した時に、お姉さんの春子さんがお見まいに来て、
「これで勉強できる時間ができたでないの、なぁ陽ちゃん。」
と言われた時に言い返した言葉です。考えてみたら、陸上部でがんばってきたのにアキレス腱を切ってしまいそのショックが大きかったのに勉強のことを軽々しく言われてとっても悲しかったと思います。ぼくもそんな事があったら、陽一さんみたいに言ってしまうと思いました。
この物語で初めて知った鳥取大火の事もくわしくわかりました。
その時に生きていた人たちはあきらめずにぼくたちの町をここまで復活させてくれたのでその人たちに感謝しないといけないなと思いました。
この「父の暦」という物語は家族のことを大切、大事にしようと思えてくるすばらしい本だと思います。読めば読むほどぼくは感動する本だと思いました。
○最優秀者講評(ジュニア部門 醇風小学校 5年 中村 海さんの感想文について)
自分の感じたことを素直に書いている。字は正しくていねいで、読みやすい。
本の主題がきっちりとらえられている。父に対する主人公のわだかまりが、通夜に集まった人たちの話をとおして少しずつ解け、父のやさしさに気づいてゆく。中村海君はそこのところに「家族の大切さ」を学びとった。
また、病床の主人公が姉に反発するシーンを海君は取り上げた。自分にも重ねてみている。物語を深く読みこんでいることが、よくわかる部分だと感じ入った。ここにも「家族の大切さ」がこめられている。さらに「ふるさと感謝」にも通じるはずだ。海君の感想文を読んで『父の暦』を読み返し、あらためて海君の感動を素直に共有できたように思った。
(講評者 須崎俊雄さん/鳥取文芸協会長、鳥取市文化団体協議会長)
○優秀賞作品
「『父の暦』を読み終えて」
ジュニア部門 桜ケ丘中学校 3年 西村 和晃(にしむら かずあき)
僕は、父と母の別れの主な原因となった鳥取大火が風とともに市街地を襲ったことが一番恐ろしく思いました。この大火が原因で、父母の家族の絆も巻き込み消してしまうとは思いませんでした。
ある日、主人公が母の元へ一人だけで誰にも言わずに会いに行くのはとても苦労したと思います。しかし久々に会った母を見て、失望した主人公は、最もつらい過去だったと思います。主人公が母を探しに行くものの、待っていた母と違い、その日から悲しんでいました。急に理由を聞いても、小さい頃の主人公はよくわからなかったと思います。
中学生になった主人公が陸上部に入り、長距離を走るうちに鬱屈(うっくつ)から逃れようとしている間、いつの間にか自分が変わってきたので自立しようという気持ちがよく伝わりました。
しかし、頑張りすぎもよくなく、アキレス腱の切断という急な怪我で走れなくなった主人公の気持ちが伝わる感じがしました。
でも、諦めず今度はもう一つ逃れる手段として高校へ通うための猛勉強をしていたので、相当家族の鬱屈(うっくつ)から逃れる意思が強いことがわかります。その後、自分の意思で大学へいき目標に向かって頑張ろうとする気持が感じられました。
過去に起こった一つのできごとから家族が崩れていくと、元に戻ることは困難になるのがよくわかります。一人で自立するため、努力をしていき、自分自身で進む道を決めていくことも知りましたが、それまでにつらい思いや悲しいことが起こり、一瞬脱線しそうな時もあります。
この話は、最後まで諦めずに待っていた父の行動にとても感動しました。たとえいっさい帰ることが無くとも、いつまでも帰りを待ち続けていた父が優しい存在に変化したと思います。最後に帰ってきたので、父は幸せに眠っていったと思います。
○優秀賞作品
「鳥取が生んだ世界の漫画家谷口ジローさん」
ジュニア部門 遷喬小学校 6年 植垣寛哉(うえがき ひろや)
ぼくは、鳥取県鳥取市で生まれた。鳥取市の中でも、最も古い遷喬小学校に、ぼくは通っている。ぼくは、本を読むことが好きだから、図書室に本を借りに行った。すると、新しく本が加わっていた。ぼくはその中で「父の暦」という本に、一番興味を持った。最初のページを開くと、鳥取大火によって、火が燃え上がっている鳥取市の写真が目の前に飛び込んだ。その写真を見る限り、おそろしいという言葉しか出なかった。数日後、ぼくは「父の暦」の著者の谷口ジローさんは、鳥取市で生まれ、遷喬小学校を卒業したということを耳にした。
そこで、ぼくたち六年生は、わらべ館で谷口ジローさんが書いた本の展覧会があるので行くことになった。わらべ館につくと、ぼくたちに、「父の暦」について教えてくださる西尾さんが待っていて下さった。その中で一番印象に残っている言葉は、「父の暦」が世界的に有名という言葉だ。鳥取県出身で有名な人はいるが、世界的に有名な人は谷口ジローさんしかいないと思う。さらには、ぼくの地元の方の中から世界的に有名な方がいることは、すごく光栄だ。だから「父の暦」が世界的に有名という言葉は、西尾さんが教えて下さった中で一番印象に残っている。西尾さんの話が終わると、展示してある本を見ていいことになった。
かべに、インタビューしたときの話が書いてあるボードがあった。そこには、「父の暦」を谷口ジローさんが書かれた理由があった。その理由とは、鳥取はこんなにいいところだったんだなと思ったから、と書いてあった。ぼくはそれを読んで、ぼくにとって、ほこりある先ぱいの谷口ジローさんが地元のことを、いいところだなと思ってくださっていると思うと、すごく感動した。
ぼくは、ほこりある谷口ジローさんを、心の中にしまい、落ち込んだときには、谷口ジローさんの本の内容を思い出し、元気を出していきたい。そして、谷口ジローさんがもっと活やくできるように祈って生活していきたい。
○優秀賞作品
「一枚の写真」
一般部門 三橋 泰子(みつはしやすこ)
鳥取に住みはじめた去年の五月。鳥取の事をいろいろ知りたいと思った。魚や果物それにお酒もおいしい。近くにすぐに入れる温泉もある。じゃ、文化は?
九月のある日、新聞の特集記事が目に留まった。「いつの日か郷里が心の中に帰って来る」“谷口ジロー「父の暦」舞台を歩く”というもの。谷口ジロー?「父の暦」?
すぐに本屋に見に行った。けれど、在庫はなく、インターネットでやっと探しあてた。「父の暦」が送られて来る日がとても待ち遠しかった。
この本には今も歩いて見に行ける建物や町並みが出てくる。久松山の鳥取城跡をはじめ、陽一がお母さんを探して走ったお母さんの実家近くのお風呂屋さんのある町並み、将校たちがダンスパーティーをしたグランドアパート、袋川の土手などなど。それらの所を通るたびに、陽一や陽一の家族のことが目に浮かんで来るような気がした。
「父の暦」の中に大切な『一枚の写真』が出てくる。陽一が高校の時撮った「家族」の写真。理容師だった父が継母とともに鏡の前で働いている写真。陽一の記憶の中の日だまりをも表していると思われる写真でもあり、父が大切にしていた写真でもあった。父はいつも息子のことを気遣かっていたようだ。しかし息子は表面的には父を拒否し、忙しいという理由で、なかなか鳥取に帰ってこようとしなかった。しかしこの本を読んでいると、例え物理的に距離が離れていようとも、たとえいろんなことがあったとしても、「家族」というものはあたたかい何かでつながっているのではないかと思えるようになってくる。
「家族」のあたたかい何かをこの『一枚の写真』があらわしているのだと思う。私の『一枚の写真』はどれだろう。
これから鳥取の町を歩きながら思い出してみよう。