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鳥取市の名誉市民

  新たに名誉市民を決定し、市役所本庁舎玄関ロビーに顕彰しました

 鳥取市制施行120周年・合併5周年を機に、新たに名誉市民3名を決定しました。

10月3日に開催された記念式典で発表し、遺族の方に名誉市民章を贈呈しました。

 この度、市役所本庁舎玄関ロビーに新たに3氏を顕彰しましたので、市役所にお立ち寄りの際には、ぜひご覧ください。

 

 名誉市民章授与 名誉市民

 

鳥取市名誉市民(平成21年9月16日議決)

・名誉市民章第10号

古田 貞 (ふるた さだ)

(明治2年7月28日生/大正11年10月18日没)

 

 明治33年鳥取市掛出町の自宅を開放して「裁縫塾」を開設し、家庭に役立つ良妻賢母の養成に努め、裁縫を中心としながらも、女子に必要な技芸全般を教えるとともに、社会に出てからも立派な女性たらしめたいという教育方針をもって教育実践にあたられた。

 また、生徒の支援に努力し、奨励のために私費を投じることもあり、生徒の教育振興に尽力された。

 明治38年県の許可を得て正式に「鳥取裁縫女学校」(現鳥取敬愛高等学校)を開校し、初代校長に就任された。婦徳の養成を目指した教育理念は、多くの有能な人材を世に送り出し、女子教育の先駆者として、鳥取市の発展に貢献された。

 

 

・名誉市民章第11号

岡野 貞一 (おかの ていいち)

(明治11年2月16日生/昭和16年12月29日没)

 

 鳥取市古市に生まれる。高等小学校の時代には、教会に通って賛美歌を歌い、演奏されるオルガンに親しんだ。

 明治29年、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)に入学、同校教授として昭和7年に退官するまでの間、音楽教育の指導者の育成に努めた。

 また、氏は東京音楽学校の教授であったことから文部省唱歌の編さん委員として、「春が来た」「紅葉」「春の小川」「おぼろ月夜」「故郷」等多くの唱歌を作曲された。

 日本人なら誰でも知っている同氏の代表曲「故郷」は、現在では日本中で歌われている名曲であり、「童謡・唱歌のふるさと鳥取」の知名度を高め、童謡・唱歌の普及に大きく寄与し、鳥取市の文化振興の向上に貢献された。

 

 

・名誉市民章12号

遠山 正瑛 (とおやま せいえい)

(明治39年12月14日生/平成16年2月27日没)

 

 鳥取大学農学部教授を退官されるまでの間、砂地農業の研究を続け、スプリンクラーの導入などにより長芋、スイカなど収益性の高い作物の作付面積が大きく伸び、鳥取市の砂丘地農業振興に大きく貢献された。

 以来、鳥取大学乾燥地研究センターなど日本における乾燥地研究の基礎を築かれ、鳥取を乾燥地研究の拠点としてならしめるなど、乾燥地農業研究に大きく寄与された。

 退官後は、中国の沙漠緑化の研究に取り組み、中国内蒙古自治区の300万本を超えるポプラ植林による沙漠緑化は中国で高く評価され、鳥取市の国際交流の発展に貢献された。

 

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歴代名誉市民

名誉市民章第1号

 田中 政春 (たなか まさはる)

 昭和42年9月25日議決

名誉市民章第2号

 遠藤 董 (えんどう ただす)

 昭和42年9月25日議決

名誉市民章第3号

 由谷 義治 (ゆたに よしはる)

 昭和42年9月25日議決

名誉市民章第4号

 三浦 百重 (みうら ももしげ)

 昭和42年9月25日議決

名誉市民章第5号

 児嶋 幸吉 (こじま こうきち)

 昭和44年9月24日議決

名誉市民章第6号

 米原 章三 (よねはら しょうぞう)

 昭和44年9月24日議決

名誉市民章第7号

 林 重浩 (はやし しげひろ)

 昭和49年9月26日議決

名誉市民章第8号

 吉田 璋也 (よしだ しょうや)

 昭和49年9月26日議決

名誉市民章第9号

 井植 歳男 (いうえ としお)

 平成元年9月26日議決

名誉市民章第10号

 古田 貞 (ふるた さだ)

 平成21年9月16日議決

名誉市民章第11号

 岡野 貞一 (おかの ていいち)

 平成21年9月16日議決

名誉市民章第12号

 遠山 正瑛 (とおやま せいえい)

 平成21年9月16日議決

 

※詳しくは、鳥取市例規集でご確認ください。



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