天文セミナー 第180回

『星の歳時記』



12.夏至祭  乙女のハート 乙女座

 北欧の夏は短い。その夏を精一杯楽しもうと言うのが「夏至祭」。多くの人々が集い、多くの妖精達も参加し、短い夜をイベントが彩るそうです。何しろ、北欧、特に北極圏の人々にとっては厳しい冬を乗り切った喜びと、溢れる太陽の光。何にも代え難い天からの恵みでしょう。森繁久弥作曲で本人も歌い、加藤登紀子がヒットさせた歌謡曲「知床旅情」。歌詞に「・・・・白夜は明けぬ」として一躍知られるようになった「白夜」。北国の短い夜が表現されています。ところで、この白夜に相当する言葉が欧米には見つかりません。散々探してみましたが、あるのは「真夜中の太陽=Midnight Sun」だけ。期待していた「White Night」は見つかりませんでした。どなたか、ご承知の方がお出ででしたらご教示頂きたいものです。

 それはさておき、今月はイギリスの文豪シェイクスピア「夏の夜の夢」(小田島雄志訳)の登場。坪内逍遙訳に長く親しんで来た私にはまだ「真夏の夜の夢」の方がしっくりします、何しろ原題は「A Midsummer Night's Dream」なのですから。この戯曲は1595年から1596年の作品ではないかとされています。そして、舞台はギリシャのアテネ。公爵シーシュースとアマゾンの女王ヒポリタの婚礼に際して、森に住むいたずら好きの妖精の企みと計らいですれ違いの2組4人の男女がめでたく結ばれるという夢幻劇。

 ここに登場するのは、第二幕第一場、アテネ近郊の森で「恋の三色スミレ」の汁でいたずらが始まる場面でのオーベロンの台詞。「そのとき俺は見たのだ・・・・冷たい月と地球の間に 弓を手にしたキューピッドの姿を。その必中の矢が狙うのは、西方の玉座につかれている美しい処女王であった。」と語るのです。さて、この処女王とは言うまでもなく乙女座のスピカですね。

こうして謎解きをすると、この情景が目の前に現れて来ます。場所はロンドン、年月日は1595年8月11日の金曜日、太陽は赤経9時46分、赤緯北13.5度で獅子座の主星レグルスの西にあり、月は赤経14時52分、赤緯南19度で天秤座にあって両者はおよそ82度離れています。この日の日没は17時31分、薄明の終わりは21時59分、そして月の入りは21時44分で月齢は6。ほぼ上弦に近い月が天秤座にあって、その月を弓に見立てると、つがえた矢は乙女座の方向を狙います。何と見事な天上の描写ではありませんか。


  星空を 知り尽くしてか 沙翁劇(沙翁=シェイクスピア)香西蒼天

  四季の星 劇中劇で 見る沙翁              香西蒼天


 こうして「真夏の夜の夢」物語の幕は引かれ、お芝居は終演となるのです

  沙翁劇 四季の星をも 感じさせ             香西蒼天 


12回にわたっての私の勝手な「星の歳時記」。如何でしたでしょうか。12回の連載ではまだ満月には達しません。満月は中秋の名月を読者の皆さんで楽しんで頂くことにして、私の独り言は「終わりよければ総て良し、All's Well That Ends Well」シェイクスピアの戯曲の題名。先ずはこれにて、シェイクスピアと歳時記に拘る筆者も、この舞台から退場する事にいたしましょう。ご愛読有り難うございました。


2012年6月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2012年6月の星空です
6月6日は「金星の太陽面通過」があり、それまで夕方見られていた
金星は、明け方見られるようになります。といっても、今の頃は
夜明けが早いので、明けの明星・金星を見るのは大変かもしれません。
星空の方は、そろそろ夏の星が東の空に見え始めました。
春から夏への移り変わりを楽しみましょう。


次 回も、お楽しみに

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