天文セミナー 第174回

『星の歳時記』



6.子午線の祀り  ペガサス座

 子午線とは、言うまでもなく天の南北の極と自分の頭の上、天頂を通る大円のことですね。そして、この子午線に名前の由来を持つのが1978年に「文芸」誌上に発表された木下順二の代表作とされる戯曲「子午線の祀り」。「平家物語」に題材を求め、平知盛を主人公に源義経を対照させ、一の谷の合戦で源氏に敗れた平家が壇ノ浦の戦いで壊滅するまでの壮麗な物語です。子午線には、何か特別な力、もしくは一種の魔力とでも言えるようなものがあるとでも感じるのでしょうか。

 午前、午後を区切るのはその場所の子午線を太陽が通過した時を基準にします。そして、子午線の子と午は南北の方位を表すのです。昔、我が国では方位を表すのに十二支を使いました。そして真北を子、真南を午として真東が卯、真西が酉。正午とは、太陽が正しく南、午の方向に来た時。この午の方向に太陽が来る前が午前、午の方向を太陽が通り過ぎると午後。とても判りやすい表現ですね。英米では午前をAM(Ante Meridian)、午後をPM(Post Meridian)と呼び、それぞれ子午線の前、子午線の後を表しますね。

 ところで、天球の横軸、経度の原点のことを春分点と言います。太陽が、赤道を南から北へと通過するとき太陽の中心が赤道を通過した瞬間を春分時、この春分時を含む日が春分の日。ではなぜ春分なのでしょうか。正しくは、春の昼夜平分の日と言い、皆さん良くご承知のように昼と夜の長さが等しくなる日のことです。昼夜の長さが等しくなるのは春と秋の二回あって、それを区別するため春の昼夜平分の日=春分の日、秋の昼夜平分の日=秋分の日、と呼ぶことになっているのです。そして、現在、この春分点があるのは魚座ですね。そして春分点のマークはギリシャ字のガンマ(γ)によく似た形です。このγは、実際には魚座の隣の牡羊座のマークで羊の顔に由来します。春分点のことをガンマポイントと言う人がいますがこれは誤りです。

 そして牡羊座にあった春分点が魚座に移動したと言うことは、天球の座標が移動したことに他なりません。考えると、現在魚座にある春分点、γのマークは星座発祥の歴史的遺産だと気づきませんか。

 牡羊の マークが示す 長い星座史       香西蒼天

 この魚座にある春分点を、ここだよ!と指さすことはとても無理です。春分点には目立った星が無いのです。そこで、魚座の北に目を向けると巨大な四辺形ペガサス座があります。この四辺形の枠の中には明るい星が無いので、宇宙に向かって開いた天窓のように感じると言った友人がいました。この中の星数えで、夜空の明るさの指針にならないだろうか、とも。このペガサスの四辺形の東西の二辺が天の座標赤経23時と0時に近いところにあるので、春分点を見つけるための目安になるのです。

  行く天馬 足下に示す 春分点       香西蒼天

  東から首を持ち上げて登って来るペガサスは、天馬空を馳せる姿ですね。


2011年12月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2011年12月の星空です
秋の四辺形が西の空へと追いやられ、
東には冬の星座たちが昇ってきました。
南を挟んで西と東で明るい星の数がずいぶんと違います。
夕方の南西の空には、ひときわ明るく輝く星が目につきます。
宵の明星・金星です。木星と明るさ比べをしてみましょう。


次 回も、お楽しみに

天文セミナーに戻る