天文セミナー 第153回

『日本の民間天文台(V)田上天文台』『日本の天文アマチュアの活躍(V)黄道光観測』



日本の民間天文台(V)田上天文台

 京都大学を退官した山本一清氏は、実家のある滋賀県大津市の田上に私立の田上天文台を設立。そして、この天文台にイギリスから購入したカルヴァー社製の45cm反射望遠鏡を設置。多くの天文アマチュアの使用に供しましたが、ここでも無給の志願助手が何人も育てられたのでした。そして、この頃に山本一清氏の薫陶を受けた人たちが、現在もさらに若い世代の育成に努めているのは特筆に価するでしょう。
 私も、若い頃、この天文台を訪れたことがあります。東海道本線草津駅近くの天井川に沿って行くと、小城を思わせるような家屋があり、その敷地の一角に土蔵造りの建物があり、その上部が回転するような仕掛けが作られていて、観測の方向に向けてスリットが開かれるような工夫がしてあったことをかすかに覚えています。
 かつて、東京帝国大学と京都帝国大学は、東京派、京都派とそれぞれが独立したような雰囲気があり、天文学での京都派の代表は山本一清氏で、例えば東京派の惑星は遊星、東京派はプルートと言うに対して冥王星と称していました。
 私が、東京天文台在職時代、日本天文学会の機関紙「天文月報」の編集に携わっていたとき、野尻抱影氏に連載をお願いしたことがありました。現在、野尻抱影氏の最晩年の著作として知られている「星あらべすく(1977年刊)」です。このまえがきに、日本天文学会であるべきを東京天文学会と記載されていて、東京と京都との逸話が書かれています。それに依ると、冥王星の名前を思いつきで提案したところ、山本一清氏が賛成でわざわざ来訪された時の雑談として「天文学ほど専門とアマチュアとの開きの大きいものはありません」と言われ、天文学は、母屋の天文台は長いあいだ厳しく冷然とドアを閉め切りだった、と記載されているのです。この閉められていたドアを開いたのが元東京天文台に勤務され天文の普及に尽されていた神田茂氏の業績を讃えて新設された、日本天文学会「神田茂記念神田賞」で、野尻氏も受賞者の1人だったのでした。
 田上天文台を中心に、多くの人々が輩出しました。木辺鏡の名前で有名な木辺成麿氏などは山本一清氏の下で優れた光学機器を研磨し続けた中村要氏の薫陶を受け、中村氏亡き後の日本の反射鏡やレンズの精度向上に努められたことは特筆すべきことと思います。


日本の天文アマチュアの活躍(V)黄道光観測

 黄道光は、太陽系の内部の微小な粒子が黄道面に集まり、太陽光を反射して見える舌状の淡い光です。この光の正体を見届けようと、1930年代初期の国際天文学同盟は委員会を設置し、観測・研究に乗り出したのです。そして、その委員会の会長に山本一清氏が就任し、日本の黄道光観測の扉が開かれたのでした。黄道光の存在は、それ以前から知られていました。この、黄道光は、淡い光なのですが、流星と同じように望遠鏡なしの天文学です。日本の経済が高度成長の波に乗る前、人工灯火が少なく、東西方向の視界が開けた場所では、春の宵の西空と秋の日の出前の東空の低いところに舌状に延びる淡い光を見ることができました。この、黄道光の観測が日本で始められたのは1921年の頃ですが、勢力的に始められたのは、山本一清氏が委員長に就任されてからのことでした。
 広島県の東南部に福山市があります。現在では合併によって福山市の一部に含まれていますが、1936(昭和11)年にこの福山市長と山本一清氏等が会談して近郊の沼隈郡瀬戸村の村有地の一部に、黄道光観測所を建設することが具体的に決まったのでした。この観測所で黄道光の観測に従事したのが本田実氏でした。余談ですが、この観測の世話をされたのが本田実氏の夫人慧さんのご家族だったのでした。
 さて、1950年代になると、国際天文学連合の黄道光委員会の委員長に、当時の東京天文台教授古畑正秋氏が就任し、日本の中に観測の適地を探し、黄道光だけに留まらず夜空の明るさの原因の一つである夜天光の観測も意欲的に始まったのでした。
 1950年代から1960年代に掛けて、当時の東京天文台が全力で推進してきた大望遠鏡計画で、東京近郊に観測の適地を探していたとき、私もその一員として埼玉県秩父の山中でみた夕方の黄道光のイメージは忘れることができません。当時の東京は、オリンピック開催のための工事が各地で進行中でしたが、この工事が始められる前には東京三鷹の東京天文台の構内でも黄道光を見ることができたのでした。皆既日食の際の、研究テーマに、太陽を取り巻くダストの環の確認があります。この環こそ黄道光の正体で、彗星が太陽系の中に撒き散らして行った微細な個体の塵や、太陽系内部で起きている多くの衝突による破片などを含み、これらのダストの終末を知る手がかりを教えてくれるのです。



2010年3月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2010年3月の星空です
冬の大三角が西になり、東には春の星たちが見えています。
頭の真上には火星、そして東の空には土星が見えます。
また、夕方西空には、金星が見え始めます。


次回も、お楽しみに

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