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天文セミナー第219回(2015年9月)「名付け親の楽しみ。」第3回 木曽の基礎

天文セミナー 第219回

『名付け親の楽しみ。』



第3回 木曽の基礎

No.03

(2470) Agematsu=上松=1976UW15    発見日:1976 Oct.22

No.04

(2924) Mitake-Mura=三岳村=1977DJ2    発見日:1977 Feb.18

No.05

(2960) Ohtaki=王滝=19778DK3    発見日:1977 Feb.18

 以上の3個の新小惑星は木曾観測所の、具体的に言えば105cmシュミット望遠鏡のドームは上松町、三岳村、そして王滝村の3ヶ町村の境界線の交わる場所に建てられています。この3ヶ町村は、その区域の殆どが山林で、しかも国有林。いわゆる木曽檜の名産地です。JR上松駅からはこの木曽檜の切り出し搬出のための森林鉄道が切り立った渓谷添いに奥地まで敷設されていました。この軌道が廃止された跡地には車道が作られ、切り出した木材搬出のためのトラックが行き来します。その道を、観測所に向かって上る途中の分かれ道を進むと檜の大木が残された「赤沢美林」が、豊かな森の面影を残しています。この付近にある多くの沢には清澄な水が流れ、多くのイワナや沢ガニが生息。見上げても頂きが見えないほどの檜の巨木を養っています。森林鉄道で使用されていた機関車は、役目を終えJR上松駅に展示されていて、その敷地は木曽檜の集積場。見事な檜の大木が積み上げられていました。この上松駅の少し下流に、観測所の連絡所と職員宿舎があります。この宿舎から見上げる空はV字形でとても狭く、近くの山頂に天体観測所が有るなどとは考えられません。上松から観測所までの道の途中に、京都大学理学部物理教室が作った、日本最初の赤外線による天体観測のための施設がありました。この施設で、天体からの赤外線を観測して日本の赤外線天文学の基礎が作られたのです。

 上松から木曽川を下ると、有名な名所「寝覚ノ床」が有ります。浦島伝説が今なを残るところで奇巌が川の両岸にそそり立ち川の中程にある大岩の上には小さな祠が祀られています。JRの車窓からも一瞬だけ見ることができますが、河畔の駐車場には多くの観光バスが駐車し観光客が川に下りていきます。さらに南へ行くと、妻籠の宿を経て島崎藤村の小説「夜明け前」で知られる馬籠の宿に至ります。中津川の町を見下ろすと木曽も此所で終わり平野部になります。旧・中山道で東海道の裏街道、多くの旅人が行き交いました。

 有機水銀が問題になった頃のことです。観測所が問題だ!と言って槍玉に挙げられたことがありました。当時の写真の感光材料には銀が使われていました。いわゆる銀塩写真です。観測所ではこの銀塩を塗布した乾板を使用します。露光された乾板は、現像、定着、水洗、乾燥の手順を経て始めて画像を見ることができます。この処理の過程で、特に定着、水洗の際に未感光の銀の粒子が水で洗い流されます。このことが誤解され、観測所では銀を水で洗い流している、此は水銀の廃棄だ!と言う訳です。水銀と、水で洗い取った銀がすっかり混同されていたのでした。観測所の職員が、その違いを丹念に説明し、やっとの事で理解して貰ったというような事実もありましたが、いまは此は笑い話。銀塩を使った感光材料はすっかり姿を消し、CCDなどの電子素子に置き換わりました。モザイク状に組み上げられた大きなCCDカメラが、今夜も宇宙の深奥の謎を覗き見ているでしょう。


2015年9月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2015年9月の星空です

 9月になりました。8月の暑さが嘘のようにずいぶんと涼しくなりました。太陽の沈む位置も、夏の頃は北よりでしたが、真西に近くなりました。星空の方はまだまだ夏の大三角、そして天の川が見えています。夏の星を目印にして、東側で見え始めた秋の星空をたどっておきましょう。北東の空にはカシオペア座が見えています。Wの形が有名ですが、星座は椅子に座ったカシオペア王妃の姿です。


次回も、お楽しみに



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