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天文セミナー第220回(2015年10月)「名付け親の楽しみ。」第4回 みすずとみすず

天文セミナー 第220回

『名付け親の楽しみ。』



第4回 みすずとみすず

No.06

(3111) Misuzu=みすず=1977DX8     発見日:1977 Feb.19

 命名の由来:木曽観測所のある長野県にかかる枕詞(万葉集に登場)。長野県にちなむ名前で、また山口県仙崎出身の詩人「金子みすず」も隠し名前として含めました。王滝を命名した際、地元の多くの人達から「次は私の町(村)」の名前を付けるようにとの希望が多数寄せられたのです。

 「みすず刈る 信濃の真弓 我が引かば うま人さびて いなと言はむかも」。

 久米禅師と石川郎女の間で取り交わされたこの歌は「万葉集巻2相聞歌」に見ることができ、「みすず」は信濃に掛かる枕詞で、現在の長野県全体を現します。この言葉を、長野県を代表する言葉として県民皆さんの希望に添えられる、と考えました。
 当時の国立天文台の施設の内、日本アルプス乗鞍岳のコロナ観測所、野辺山高原の電波観測所などが長野県内にあり、多くの県民の支持を得て観測しそれぞれが大きな成果を挙げていました。また天文の良き理解者の集まり天文同好会なども各地にあって活動していました。その中でも際立っていたのが諏訪天文同好会。東京から木曽へ出向く際、必ず通るのが諏訪。湖畔を廻る国道20号添いには何人ものアマチュアの住まいや職場があります。そして、職場から目を凝らして道行く姿を凝視しています。諏訪天文同好会の会長さんです。1950年代のこと。この諏訪市の近郊で74インチ(現在は188cm)望遠鏡の新設のための適地探しをする際、諏訪湖の南にある守屋山で試験観測を行いました。そのとき、大きな支えとしてなって下さったのが諏訪天文同好会の皆さん。この同好会の歴史は古く、大正時代の山本一清氏の講演が切っ掛けになったそうで、当時の会長は三沢衛氏、中学校の先生でした。この先生の薫陶を受けたのが東京天文台長を勤めた古畑正秋氏、さらに古畑氏と同期の気象学者で小説家の新田次郎(藤原寛人、気象学者藤原咲平の甥)。古畑氏は、当時IAUの夜天光委員会の委員長で暗い夜空を求めて日本各地を調査。夜天光観測所も伊豆半島、堂平観測所、房総半島などを遍歴し最後は木曾観測所に近い木曾街道・国道19号線から伊那谷に抜ける山越えの峠道・権兵衛街道に近い場所に夜天光観測所を建設し、観測していました。この観測から、木曽地方が日本でもっとも暗い場所の一つである事が判ったのでした。
 シュミット望遠鏡のように明るい光学系での観測には暗い夜空が必要です。夜天光の観測から判ったこと、さらに東京大学の社会経済地理の専門家に依り、日本で最も開発されにくいのが木曽谷一帯で、鳥居峠に近い場所との指摘があったのです。 観測所が完成して観測を始めると、夜空は何処までも暗く、先述のように星影が見えるほど。さらに、木曽のシュミット望遠鏡より大きい口径のパロマー天文台のシュミット望遠鏡と太刀打ちができるほど暗い星までが観測できます。このような理想的な夜空があるのが長野県で、それを残したいと思うのは天文屋の願い。今夜も暗い夜空で観測が続いていることでしょう。
 さらに、同じ「みすず」の名を持つのが、山口県仙崎出身の詩人「金子みすず」。若くして世を去った彼女の優しい詩にに接するとき、心の安らぎと癒しを感じます。私の大好きな詩人の一人です。


2015年10月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2015年10月の星空です

 10月になり、日没がずいぶんと早くなってきました。頭の真上から西の空には、「夏の大三角」をはじめとした夏の星たちがまだ見えています。よく目立つ3つの一等星を見つけてみましょう。頭の真上から東側は、秋の星たちでいっぱいです。目印は「秋の四辺形」ですが、一等星はありませんので少しさびしい感じです。秋の四辺形から、アンドロメダ座、カシオペヤ座と秋の星座をたどってみましょう。


次回も、お楽しみに



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