シリーズ@じんけん
Vol.405
「同対審」答申50年を迎えて
~差別の現状を知り、同和問題解決の道を探る~

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昭和40年に「同和対策審議会」答申(以下、「答申」とする)が出され、同和問題の解決は「国の責務であり、国民的課題」であると指摘されました。しかし、同和問題に関する市民の偏見や差別意識は、今なお、社会意識として根強く残っています。今回は「人権尊重社会を実現する鳥取市民集会」全体講演で、奥田 均(おくだひとし)さん(近畿大学人権問題研究所教授)がお話しされた、答申から見えてくる「5つの論点(中心となる5つの問題点)」をご紹介します。

部落差別は存在する

「差別の現実があるのか、ないのか」はいつの時代においても論点になってきました。差別はいろいろな形になって現れ、その厳しさゆえ泣き寝入りを余儀なくされてきました。また、市民の中にある「もう差別なんか存在しない」「あってもたいしたことではない」「それは昔の話じゃないか」という悪気のない意識が、厳しい差別を見えにくくしている現状があります。「同和対策審議会」は部落差別の存在を科学的な検証を踏まえて、客観的事実として明言しました。差別の存在を認識することがすべてのスタートラインです。

同和問題は解決できる

「同和問題は取り組めば必ず解決できる」と断言した答申の背景には、差別はなくならないと考える「宿命論」や、そっとしておけば自然に消えるという「寝た子を起こすな論」の考え方が多くの人の心をとらえていた当時の状況があります。「宿命論」は、一生差別から逃れられないという絶望感を与え、「寝た子を起こすな論」は、逆に同和問題を差別的に知らせてしまいます。そしてこれらは長年にわたる差別の結果生じた社会現象ともいうべきものです。人間の営みによって創られた差別は人間の営みによって必ずなくすことができるのです。

差別ある限り行政責任で推進を

「貧困は差別だ」。戦後、部落差別のとらえ方が大きく発展しました。戦前は「差別事件」と「差別意識」を差別の具体的なあらわれと受け止め、これに対する運動が基本になっていました。しかし、同和地区の劣悪な生活実態も事実として存在しており、放置してきた行政の差別性が追求されました。差別が現存するかぎり、同和行政は確実に進められなければなりません。

課題の具体的明示と総合性・計画性

答申がその考えや決意の表明に終わることなく、同和問題の解決に向けた課題を具体的に提起したこと、総合的、計画的な取組みを強調したことは大変意義深いものです。もちろん、答申後すべての内容がただちに実現されたわけではなく、多くの人々の不断の努力によって同和地区の環境改善をはじめとする実態的差別が一つひとつ解消されてきました。具体性、総合性、計画性、これらは同和問題解決への本気度をはかるための物差しと言えるでしょう。

3つの法律の必要性

同和対策事業特別措置法が制定され、同和地区の生活環境は大きく改善し一定の成果を上げましたが、同和問題の根本的解決には至っていません。なぜなら差別行為自体を法律で裁くことができないからです。現行法の限界です。今こそ、法的規制を求める「差別禁止法」や差別から保護するための「人権侵害救済法」を早急に法制化させなければなりません。そのことは法律がもつ実行力のみならず、差別は許されないものであるという人権意識を高めるものであり、その啓発効果が大いに期待されています。

あらゆる差別問題解決の原理原則が刻まれた答申から、今、私たちは何を学ぶのか、またそれをどう生かしていくのか問われています。

本市では、鳥取市人権施策基本方針に基づき、同和問題の解決のため、市民との協働により人権教育・啓発などを積極的に推進します。

※「同和対策審議会」答申とは

1965年(昭和40年)、部落差別の現実に対する行政責任が問われていた頃、同和対策審議会が同和問題の早急な解決をめざして、その本質を明らかにするとともに、同和対策の具体的な取り組みを政府に提議した。答申は、その後の様々な人権の取り組みの起点をなした。