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天文セミナー第223回(2016年1月)「名付け親の楽しみ。」第7回 古代吉備

天文セミナー 第223回

『名付け親の楽しみ。』



第7回 古代吉備

No.09

(3319) Kibi=吉備=1977EJ5     発見日:1977 Mar.12

命名の由来:筆者が少年時代を過ごした岡山県地方の古い国名・吉備にちなみ命名。古代の吉備の国は現在の岡山県全部と広島県東部を含む広い地方でした。すなわち、備前、備中、備後、そして備前から分割された美作の4ヶ国からなる地方です。この地方には古来多くの豪族が住み、覇権を争っていたのかも知れません。その名残が、岡山市、倉敷市、そして総社市などに残る巨大古墳なのでしょう。国内の巨大古墳の上位に位置するような大きさを持つ古墳も残され、研究者による発掘・研究が進められています。

 そして、最もよく知られているのが「桃太郎」伝説。昔、この地方には「温羅(うら)」と呼ばれる悪者が居て多くの人を苦しめていました。それを退治したのが桃太郎で、この桃太郎こそ当時の四道将軍として吉備の国に派遣された吉備津彦だ、と言うのです。この吉備津彦が祀られているのが吉備津神社。岡山市の北西にある中山という小高い山の西麓にあり北西を向いて鎮座しています。この神社の社は、比翼造り。国内で唯一だそうで国宝に指定されています。この吉備津神社の北西には、標高400m程の山があり、山頂には古代の山城の遺跡が残り、最近発掘調査が行われ再建されました。この山城からは、吉備津神社は勿論のこと岡山市、倉敷市、足元には総社市を眺めることが出来ます。総社市には、備中国分寺を始め、先述の巨大古墳が多数残り古代人の名残を伺わせます。

 吉備津神社に残されている行事の一つに、「鳴釜の神事」があり、江戸時代の怪奇物語として知られる上田秋成の「雨月物語」に登場します。吉備津彦に退治され地下に埋められた「温羅」の唸り声が鳴釜の神事によって聞こえ、その鳴り方によって吉凶が占われます。この神事がいつ頃から始まったのか定かではありませんが、現在でも多くの人達の祈りの対象になっています。

 この吉備津神社と中山を挟んで背中合わせに鎮座するのが吉備津彦神社。祭神はやはり吉備津彦で、こちらは備前の一宮。吉備津神社は吉備の国全体の一宮、そして備後の国・広島県福山市の西北にある府中市にもやはり同じ祭神の吉備津神社が鎮座します。

 このように、吉備の国は、古来強大な国力を持つとして知られて居たようですが、その背景は吉備津と言う名称でも判るように、海上交通の要衝でもあったのでしょう。瀬戸内海が大きく内陸部にも入り込み、この海を自在に行き来する事が可能でした。この海上交通を利用し、海外、特に朝鮮などとの交流が盛んで海上の交通術、製鉄術、築城術などの先進技術が導入され、さらに河川に依る物流もあったに違いありません。

 一方、岡山県は「晴れの国」を自称し、最近では鳥取県と協力して、桃と梨を主題にした「ももとなし」と称しておもてなし活動を始めました。中国山地を挟んで南北に隣り合う両県の強い結びつきを感じます。さらに晴れの国岡山の特徴の一つが、天文の愛好者が多いことでしょう。特に、県西部の高梁川流域ではプロ、アマ双方の観測所があり夜空を見つめます。


2016年1月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2016年1月の星空です

 1月になりました。新しい年になり、何となく新鮮な気持ちになりますね。星空の方は、東の空に冬の大三角がよく見えます。オリオン座を目印に、その左側を見てみましょう。冬の星空は明るい星が多いので、明るさや色の違いにも注目です。星がたくさん見える場所でしたら、オリオン座の右から南の空にかけても注目です。「エリダヌス座」という聞きなれない星座があります。これは川の星座です。


次回も、お楽しみに



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