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天文セミナー第226回(2016年4月)「名付け親の楽しみ。」第10回 古代日本の年代史

天文セミナー 第226回

『名付け親の楽しみ。』



第10回 古代日本の年代史

 今回からしばらくの間、私のこだわりに依る名前が続きます。先ずはその1回目。

No.14
(3878)?? Jyoumonn=縄文=1982VR4  発見日:1982 Nov.14
     命名の由来:縄文時代

No.15
(4072)?? Yayoi=弥生=1981UJ4     発見日:1981 Oct.30
      命名の由来:弥生時代

 命名の由来は、それぞれに記しましたが、この2個の小惑星の名前は言わずと知れた古代日本の時代の区切り。それぞれ、古墳などからの出土品や出土した場所の名前から呼ばれます。縄文時代は、縄文土器。素焼きの土器の表面にまるで縄を押しつけたかのような文様があるのが特徴。年代で示すと、今から1万6500年前(紀元前145世紀)から約3000年前(紀元前10世紀)、地質年代では更新世紀から完新世にかけて日本列島が発展した時代。世界史では中石器時代ないし新石器時代に相当する時代のことです。

 旧石器時代と縄文時代の違いは土器の出現や竪穴式住居が普及し、東京大森の大森貝塚などが現れ、また千葉市の貝塚古墳は、町名にもなっています。この縄文時代の終わりは、地域による差が大きく、次の弥生時代に始まった水田の稲作文化の登場までとするようです。青森市の郊外で発見された広大な面積を持つ「三内丸山遺跡」。縄文時代の遺跡で、当時の文化がこれほど北の地まで広がり、強力であったことが改めて認識されました。

 最近、各地の公民館活動や学校による縄文時代の体験学習などが行われていて、自分たちで粘土をこね縄で文様を付け直接に裸火で焼くなど、また竪穴式住居を遺跡から模倣してその中で生活を試みるなど、多くの体験学習が行われています。

 次は弥生時代。この弥生時代の名称が付けられたのは、東京都本郷区弥生町が源。

私が、東京在住の頃。市区町村名をもっと簡単にして、住居表示も読みやすく、見やすいものに変更しようという動きが盛んになりました。今でも、都会には同じ名称の区や町名があるのはその流れがまだ続いているためです。この時、本郷弥生町も槍玉に挙がりました。実は、この本郷弥生町には東京大学工学部があり、その脇の古墳から出土した土器がありました。縄文式ではないしと、命名に頭を悩ませた担当者が、出土したのが本郷弥生町なのだから弥生式土器と名づけようと提案。この提案が多くの賛同を得て、弥生式土器と命名されました。そして、研究の結果、先の縄文時代とは違った、農耕生活を営む文化を持つことが判ったのです。

 縄文と弥生。古代日本の文化を現す時代区分です。特に、弥生は本郷弥生町の町名そのもの。昔のことを調べようとするとき、その当時の地名が無くなっていては手がかりが無いのと同じこと。地名変更の考えが判った時、この変更に反対する市民運動が起きました。多くの市民がこの運動に加わり、私も参加したのです。こうした市民運動の結果、弥生という地名は変更されることなく残ることが出来たのでした。町名の変更、更新も良いでしょうが日本の歴史を残し、教えてくれるのが昔の地名だと考えます。

 皆さんの名前にしても同じこと。特に姓名の姓、つまり名字の由来も同じこと。祖先を辿るには名字と出身地の地名が大事です。

 今夜も、縄文と弥生の星が仲良く夜空を廻って居て呉れるでしょう。


2016年4月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2016年4月の星空です

 4月になりました。冬の間目印にしていたオリオン座が西の空に低くなり、星空も春本番です。
 一番星を探してみましょう。南の空高くにひときわ明るい星が見つかります。これは私たちの太陽系で最大の惑星「木星」です。木星の辺りには、春の星座「しし座」があります。木星の東側にしし座のしっぽの星「デネボラ」、そして正三角形になるように「アルクトウルス」「スピカ」とたどってみましょう。


次回も、お楽しみに



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