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天文セミナー第228回(2016年6月)「名付け親の楽しみ。」第12回 古代の日本の交流

天文セミナー 第228回

『名付け親の楽しみ。』



第12回 古代の日本の交流

 今回は、いわゆる魏志倭人傳にまつわるお話。

No.22
(4890)Shikanoshima=志賀島=1982VE4 発見日:1982 Nov.14
命名の由来:漢倭奴国王印と刻まれた2cm角ほどの大きさの金で造られた印の出土した場所。博多湾の砂州の先端の島で、昔から中国交易が盛んであった場所。

No.23
(4929)Yamatai=邪馬台=1982XV 発見日:1982 Dec.13
命名の由来:魏志倭人伝に登場する邪馬台国にちなむ。

 中国の正史に見える倭(わ)・日本を示すものの内、製作年代が最も古いのが「魏志倭人傳」と呼ばれる一書です。この魏志倭人傳の記事は、晋の人・陳寿(297年没)の選んだ「三国志」の中の「魏書」に書かれている「東夷傳・倭人」の項目を指すのだそうです。この「魏志倭人傳」に依ると、日本は朝鮮の東南、大海の中にあって、山や島で国を造っている。以前は百余の国があり漢の時代に漢の朝廷に貢ぎ物をした人がいた。韓国(当時の朝鮮の中の国名)を経て対馬国に至る。(中略)末廬(松浦)に至る。東南に伊都(多分・糸島)に至る。云々して。邪馬台に至る。云々と書いてあります。

 さて、この記述を元に多くの研究者が、侃々諤々、議論百出。現在もこの論争は続いていて、主に北九州か、奈良地方に邪馬台国があったと言う二つの説が主力です。これらの議論は、考古学者に任せるとしても、最近奈良地方での発掘調査で邪馬台国の遺跡・遺物と思われる出土品があったと報道され、議論の再発を招いています。

 そして、先述の「漢倭奴国王」と刻まれた金印(1784年発見)は、後漢の光武帝から贈られたと考えられることなどが大きな興味を引きます。私のクローゼットの中に、この金印をコピーしたネクタイピンがあります。私にとっては、このネクタイピンが、漢や魏の時代の日本と中国の交流を示す物として大事に残しておきたい物の一つです。

 佐賀県で発見された吉野ヶ里遺跡。広大な面積の遺跡に多数の遺構が発見され大きな話題になりました。この遺跡が弥生時代のものと判り、この遺跡こそ卑弥呼が当時活躍していた邪馬台国に違いない、と発言する研究者も多く注目を集めました。

 さらに、邪馬台国の卑弥呼が中国から贈られた物としての関心を持たれているのが鏡。日本各地で多数出土していますが、その中に中国製の鏡と同じ型でで造られた、と言われる鏡があります。また、古代人が祭祀に使用した道具とも言われることがあり、鏡の持つ一種の魔的なもの呪術的な感じが、祭祀に使われていたのかも知れません。

 魔鏡と言われる鏡、己の内面を見せると言うのでしょう。多くの神社のご神体は鏡。此などは全く同じように自分を改めて見させると言う役目を負っています。

 最近、この魔鏡が研究され、裏面の彫刻を作成した後に表面を磨くことによって、裏面の彫刻が浮かび上がって見える、と知られました。魔鏡が魔鏡でなくなったことになるのでしょうか。アマテラスが岩屋戸から出て見た鏡像などを、見てみたいものです。


2016年6月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2016年6月の星空です

 6月になると「梅雨(つゆ)」の時期になり、星があまり見えない雰囲気になってしまいます。晴れ間のチャンスを逃さず、星空を楽しみましょう。星空は惑星でにぎやかです。西空には「木星」、南東には「火星」と「土星」が見えています。特に火星は地球に最接近直後で、明るく目を引きます。東の空には、「夏の大三角」が昇ってきました。南の空の「春の大三角」と見比べてみましょう。


次回も、お楽しみに



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