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天文セミナー第235回(2017年1月)「名付け親の楽しみ。」第19回 吉備の国の先人達

天文セミナー 第235回

『名付け親の楽しみ。』



第19回 吉備の国の先人達

No.29
(5466) Makibi=真備=1986WP8 発見日:1986 Nov.30
命名の由来:吉備真備にちなむ

No.30
(5541) Seimei=(安倍)清明=1976UH16 発見日:1976 Oct.22
命名の由来:安倍清明にちなむ

No.33
(6818) Sessyuu=雪舟=1983EM1 発見日:1983 Mar.11
命名の由来:雪舟(1420年~1506年)

No.38
(7627) Wakenokiyomaro=和気清麻呂=1977DS4 発見日:1977 Feb.13
命名の由来:和気清麻呂を称えて

 私が住む倉敷市は、真備町を含みます。ここは、町名が示すように吉備真備の生誕地と言われ、真備町と矢掛町の境近くにある圀勝寺(こくしょうじ)には真備の祖母の遺骨を納めた銅製の骨壺が発掘されて残されて居ます。吉備真備は皆さんはすでによくご存じ。奈良時代、当時の唐の国に派遣されていた遣唐使の一員として、多くのことを学び、日本の文化の向上に大きく貢献したのです。帰国に際して持ち帰った知識や用具などには当時の天文、暦学、詩歌などが含まれ、此によって天文道、陰陽道が日本で発達しました。
 国立天文台岡山観測所の西には、阿部山と呼ばれる峰があります。観測所の山並みは東西に続き、この山並み延長上にあるのが阿部山。この頂き近くに住んでいたのが安部清明だという言い伝えが、地元に残されています。清明は陰陽道の達人と言われ、いわゆる六曜、その他を使用して吉凶を占ったそうで、京都では清明神社として祀られています。この清明は、岡山観測所の山並みを北に越えて吉備真備の許に通い、天文道や陰陽道の教えを請うた、との言い伝えがあります。近くには、清明の墓と称される石柱が、清明のライバル芦屋道満の墓石と対面して造られています。真否の程ははかりかねますが。
 さて、雪舟は、岡山県総社市赤浜の生まれ。総社市の宝福寺にて小僧として修行中、涙でネズミを廊下に描いたと伝えられています。後、明国に渡り水墨画を極めて帰国し日本における水墨画の基礎を築き、後世画聖と称された人物です。この宝福寺があるのが総社市。総社と言う地名は各地に見えていて、古代のその国の神々を纏めて祀ったことに起源があるようです。備中の総社宮と言われる社殿には、備中の神々が総て祀られています。この総社市には、古代は吉備の国の国衙(政府)があり、多くの官人がいたのでしょう。松林の中には国分尼寺の礎石が残り、国分寺の礎石のある場所に再建された国分寺には五重塔が空に聳えます。そして、その近くには古代吉備人の古墳が数多く残り、奈良県に次ぐ大きさを持つものも少なくありません。先述の、吉備津神社もほど近く、温羅(うら)が築いたと言われる山城も総社市に属します。
 和気清麻呂、弓削道鏡の企みを見抜き、宇佐八幡のお告げを受けて朝廷の危機を救った人で、岡山県和気郡の生まれと言われます。桓武天皇の信頼を得て、平安京の設計にも携わり、京都高尾の神護寺に葬られています。清滝川の清流を越え急坂をあえぎ、神護寺に和気清麻呂の墓を訪ねたのは若葉の美しい頃でした。


2017年1月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2017年1月の星空です

 夕方、西空に見えるとても明るい星が「宵の明星・金星」です。近くに見える火星と比べると、およそ100倍も明るいので、とてもよく目立ちます。
 「オリオン座」が南の空に昇ってきて、「冬の大三角」がよく見えます。星の明るさと色の違いを、ぜひ確かめてみましょう。オリオン座の右上にはおうし座の1等星「アルデバラン」、さらに右上には「すばる」が見えます。目で見える星団として有名です。


次回も、お楽しみに



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