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天文セミナー第237回(2017年4月)「名付け親の楽しみ。」 第22回 幕末の先覚者

天文セミナー 第238回

『名付け親の楽しみ。』



第22回 幕末の先覚者

No.48
(10008)Raisanyo=頼山陽=1977DT2 発見日:1977 Feb.18

No.49
(10009)Hirosetanso=広瀬淡窓=1977EA6 発見日:1977 Mar.12

No.41
(8133)Takanochoei=高野長英=1977DX3 発見日:1977 Feb.18

 今回は、出身地にこだわらないことにします。頼山陽は、「日本外史」の著者としてご存じでしょう。1780年生まれで1832年没。この間に多くの足跡を残しました。特に、当時の儒者、勤王家として知られます。「宇宙はいまだかつてあらざるの国政・・・云々、」と書き出しているのが日本外史。ここの宇宙とは、何も現在の宇宙論的な宇宙ではなく、「我々とその周囲総て」と、言うほどのものでしょうが、このような考えはこの当時にはまだ知られていません。このような考えの下で書かれたのが「日本外史」。この書物にどれだけ多くの若者が啓発されたでしょう。この頼山陽は、生まれは大阪ですが広島県竹原に祖父惟清の家が残り、父春水も暮らし、山陽もこの家を何度も訪れた由で、現在も内部は公開されていて当時を偲ぶことができます。また、広島市には頼山陽の残した資料を集めて展示する資料館もあります。そして、私の住む玉島付近にも多くの足跡を残し、滞在して書き贈った「書」など多くのものが残されて居ます。旧山陽道などには、旧家と言えるような家には必ずと言って良いほど残っていて、私の祖父の家にも残されて居ます。

 広瀬淡窓は、豊後(大分県)日田の人。私は、ある時この日田を訪れ広瀬淡窓の私塾「咸宜園」を訪ねました。1782年の生まれで、身分を問わずこの塾に入ることを許され四書五経、数学、天文学、医学などの講義を受けることができました。塾生は全国68カ国の内66カ国から集まり蛮社の獄で知られる高野長英、明治維新の大村益次郎、日本の写真の草分け上野彦馬などを輩出。その漢詩「いうをやめよ 他郷に苦辛多しと 同袍ともあり おのずから あいしたしむ・・」素晴らしい言葉です。しばらくの間、この漢詩の複製を私の書斎に掛けて日夜眺めたものでした。この、日田にあるのが有名な小鹿田焼き。小鹿田と書いて「おんた」。とても読めません。昔ながらの、水車で陶土を粉にして、一子相伝の手法で造られる陶器。飛び鉋独特の跡が付けられた焼き物で、民芸の逸品です。

 この咸宜園に学んだのが「高野長英」。1804年岩手県水沢の生まれで医師、蘭学者。異国船の打ち払いの命令を批判し開国を説きました。蛮社の獄で囚われたが生き延びた、しかし再度捕らえられて死亡。この蛮社の獄は当時の蘭学者が幕府の鎖国政策を批判して、捕らえられ獄に繋がれるなどの罰を受けた事件です。
 私が、この「高野長英」の名前を小惑星に付けたとき、水沢市長は大変な喜びようで岡山出身の方にこの「高野長英」を顕彰して頂き驚きました、との言葉を頂きました。
 水沢にあった緯度観測所、現在の国立天文台水沢には何度も行ったことがあり、高野長英の旧宅も何度も立ち寄り、足跡を偲んだものでした。
 そして、この3人は共に「時代の先覚者」で、頼山陽、広瀬淡窓、高野長英と続きます。


2017年4月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2017年4月の星空です

 オリオン座をはじめとする冬の星たちが、西の空に大集合です。1等星がたくさんありますので、ずいぶんと賑やかな感じがします。4月になり冬の大三角もそろそろ見納めです。早めに見ておきましょう。
東の空、少し南寄りに、ひときわ明るい星が輝いています。これは太陽系最大の惑星・木星です。国勢の近くにおとめ座の1等星・スピカがありますが、木星が明るすぎてあまり目立ちませんね。


次回も、お楽しみに



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