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鳥取市佐治町 熊野神社遺跡(鳥取市指定史跡)

ページID:0006962 更新日:2025年10月20日更新 印刷ページ表示

史跡の沿革

 熊野神社遺跡は、江戸時代前期の古文書、「稲葉民談記(いなばみんだんき)」「因幡誌(いなばし)」に記載され、熊野薬師、熊野三山信仰の遺跡として知られてきました。

 遺跡は、古墳時代ごろに積石塔(墳墓)が造られたことに始まると考えられます。その後、和歌山県熊野大社から熊野信仰が取り入れられ、神社が祀られました。

 江戸時代に入ると、石仏も安置され参詣者も増加し、無病息災と学問や安産にも効き目のある信仰の場所として栄えました。熊野神社は、明治時代まで続きましたが、大正5年(1916)に口佐治神社(くちさじじんじゃ)に合祀(ごうし)され、廃絶しました。

 入口付近から奥の院まで沿道にたたずむ17体※の石仏は、豊かな表情をたたえており、当時の人々が信仰の対象としていた面影をしのぶことができます。(※現在確認されている石仏の数)

主な遺跡紹介

主な遺跡紹介の画像

五輪塔

 宇宙の構成要素を「地、水、火、風、空」の5つと説く仏教思想に基づき平安時代に創立。鎌倉時代以降、武士などによって盛んに造立されました。どっしりした造形に中世の人々の心意気を感じることができます。

五輪塔の画像

羅漢像(仁王門、奥の院)

 羅漢は聖者の意味で、この世に永久に生存して末世において滅びる仏教を再び興すことを託された仏です。ユーモラスな表情が人々に愛されました。17体の羅漢仏の表情の違いを味わってください。

羅漢像(仁王門、奥の院)の画像

積石塔(古墳)

 1号塚(直径6メートル、高さ2メートル)、2号塚(直径11メートル、高さ3メートル)の2基あります。塚は川原石と大石で構築され、1号塚には石室があります。塚の形式は、朝鮮半島の積石塚やインドネシアのボロブドウール仏教遺跡との関係をうかがわせます。

積石塔(古墳)の画像

神蔵(石祠)

 古代において巨岩は、神霊のとどまる場所とされ、神々の座す場所として崇拝されました。和歌山県熊野にも同様の大岩があります。

神蔵(石祠)の画像

本殿(小鳥居、跡地、板碑、三重塔)

 イザナギ、イザナミの両神が祀られ、南北朝時代の供養塔が造立されています。霊力を得ること、病気や災難から救済を受けることをお祈りされました。小鳥居を潜ると学問、安産に効力があるといわれました。

本殿(小鳥居、跡地、板碑、三重塔) の画像1

本殿(小鳥居、跡地、板碑、三重塔) の画像2

奥の院

 六人仏は、横穴式石室状の石材を石がんとして祀られ、5体1組、2段で構築されているものと、石室石がん内に祀られたものがあります。四人仏は、切り立った岸壁の窪みに祀られ、その上には、阿弥陀仏の顔面を思わせる巨石が位置しています。

奥の院の画像

見学について

 入口から本殿まで約170メートル、奥の院まで約400メートル。所用見学時間は約40分です。

 佐治町熊野遺跡見学案内図 [PDFファイル/1.27MB]

 (注意) 奥の院より奥は、歩道が未整備のため、入山はご遠慮ください。

 (お願い) 熊野神社遺跡は、地元の「熊野会」の会員の皆様が散策道の整備や清掃などを行っています。ゴミは持ち帰りをお願いします。

 **お知らせ**

 熊野神社遺跡のガイドをご希望の場合は「佐治町の文化遺産を大切にする会(熊野会)」にお問い合わせください。
 また、「五しの里さじ地域協議会」では、いろいろな体験メニュー用意しています。子ども会イベント、親子会、公民館行事などにご利用ください。

 <問い合わせ>
 佐治町の文化遺産を大切にする会(熊野会) Tel. 090-1189-3812 事務局 田中寿彦

 五しの里さじ地域協議会 Tel. 0858-89-1780

佐治町熊野遺跡見学案内図の画像

遺跡 ガイドブックなど

 熊野神社遺跡のガイドブックなどです。遺跡を詳しく説明していますのでご利用ください。

 佐治町熊野神社遺跡ガイドブック [PDFファイル/1.5MB]

 佐治町熊野神社配置図 [PDFファイル/1.19MB]

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