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佐治川ダム

ページID:0006987 更新日:2025年10月20日更新 印刷ページ表示

佐治川ダムの沿革

 昭和47年(1972年)4月12日、八頭郡佐治村(現鳥取市佐治町)尾際地内に県営佐治川ダムが完成しました。このダムは、鳥取県内で最初の治水ダムです。
 佐治町中集落あたりから北に向かって伸びている山王谷は、かつては手つかずの原生林でした。家具材として最適のトチやブナの宝庫であったことから、戦後や好景気の木材需要に応えるためにそれらが大量に切り出されました。伐採のための森林軌道が敷設されたほどです。
 しかし、乱伐により山は荒廃し、急速に保水力が失われました。昭和30年代後半から佐治川はたびたび洪水を起こすようになりました。そして、昭和40年(1965年)9月の台風23号による大洪水で佐治村内に大きな被害が出ました。
 こうした事態を受け、昭和41年(1966年)県営佐治川治水ダム建設事業が計画されました。

佐治川ダムの建設

 佐治川は中国山地の三国山(標高1,252メートル)に源をもち、佐治地区を約25キロメートル東流して用瀬町用瀬で一級河川である千代川に合流します。
 流域の地質は変成の進んだ古生層で、地形は急峻。中下流部には小規模ながら恵まれた沖積平野があり、人家や農耕地が連担しています。一方、水源一帯は梅雨期、台風期の多雨で洪水や流下土砂による被害が多く、昭和40年(1965年)の台風による災害は甚大で、激甚災害の指定を受けました。

 佐治川流域の災害を防ぐため、ダムによる洪水調節方式の採用を決め、佐治川ダムの建設が計画されました。事業主体は鳥取県です。事業費は12億6000万円。洪水を予防するとともに、貯留した水を灌漑用水として利用することを目的としていました。

 昭和42年(1967年)に着工し、昭和47年(1972年)に完成しました。氾濫防止面積は75ヘクタール、灌漑効果は221.3ヘクタールでした。

ダム完成前(昭和46年9月30日)の画像

ダム完成前(昭和46年9月30日)

ダム完成後(昭和52年2月28日)の画像

ダム完成後(昭和52年2月28日)

 ※国土地理院「5万分の1地形図」をもとに作成

ダム完成前(昭和43年)の画像

ダム完成前(昭和43年)

ダム完成後(昭和48年)の画像

ダム完成後(昭和48年)

<参考文献>
佐治地区公民館編「知っておきたい佐治のお宝」(佐治地区公民館)
鳥取県「佐治川ダム」

ダム諸元

ダム

表1
河川名 千代川水系佐治川
位置 鳥取県鳥取市佐治町尾際
形式 重力式コンクリートダム
堤高 46.50メートル
堤頂長 105.00メートル
堤頂幅 3.00メートル
堤体積 56,000立方メートル
非越流部頂標高 EL 400.50メートル
越流部頂標高 EL 390.50メートル

放流設備

表2
クレスト余水吐 クレストテンダーゲート
9.00メートル×8.30メートル 1門
主放流設備 コンジット高圧テンダーゲート
2.15メートル×2.15メートル 2門
排水設備 ホロージェットバルブ1条
φ0.75メートル

貯水池

表3
流域面積 21.4k平方メートル
湛水面積 0.156k平方メートル
総貯水容量 2,310,000トン
有効貯水容量 1,880,000トン
洪水調節容量 洪水期 1,476,000トン
非洪水期 150,000トン
不特定容量 404,000トン
発電容量 洪水期(従属) 404,000トン
非洪水期 1,730,000トン
(内専属容量1,326,000トン)
堆砂容量 430,000トン
サーチャージ水位 EL 398.50メートル
常時満水位 EL 397.50メートル
洪水期制限水位 EL 385.50メートル
計画堆砂面 EL 379.70メートル

※「佐治川ダム/とりネット/鳥取県公式サイト」より<外部リンク>

地図