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用瀬文学の小径 はねそ音頭の碑(2)について

ページID:0038694 更新日:2026年3月27日更新 印刷ページ表示
はねそ音頭の碑2

因州用瀬宝錫さまは主のためには守り神

 宝錫とは本来は宝珠と錫杖のことであるが、三角山神社に峰錫権現を祀るところから、とちの人々は三角神社もしくは三角山そのものを「峰錫さん」と敬愛する。三角山は古くから頭巾山(襟巾山)とも言い、三角、頭巾いずれも山の形から形容した呼び名であるが、往古は修験道の山として信仰を集め、霊山の故をもって女人禁制を敷き、婦人は女人堂より上の登山を禁じていたが、戦後その禁は解かれた。また、いかにも修験場をしのばせる「仙行者」「天狗の井戸」といった地名が残り、頂上の巨岩の一つにも「天狗岩」がある。また天狗にまつわる不思議、怪奇な話も幾つか伝えられている。
 峰錫さんは明治元年八月、三角山神社と改称され、さらに明治五年三月、東井神社の摂社となって、修験道の色合いは消滅した。

[建立場所]三角山参道 三角団地上鳥居付近
[建立年月]昭和五十八年(一九八三)十一月
[建立者]用瀬文学碑建設の会
[揮毫者]米村隆知
[寸法]高さ一一九 横幅一八三 厚さ一一〇 cm


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