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用瀬文学の小径 三角山神社献句碑について

ページID:0038730 更新日:2026年3月27日更新 印刷ページ表示
三角山神社献句碑

初詣心邪 なかりけり 機外 ほか五十九句


 昭和十四年、俳句の宗匠岡田機外(鳥取市)のもんか五十九名が発願し、三角山神社へ一人一句の献句をした。その献額は今も下宮(女人堂)拝殿の軒に掲げられているが、長年の風光にさらされて墨色が薄くなり、その上、木地にシミが浮き出て読み辛くなって行くので、文字の消滅を危ぶんで石材に筆跡を復元し碑とした。
俳句は時代相を詠みこむことを、必ずしも必要としないが、いま改めて読むと、当時の世相を反映した記録ともなっていて、はなはだ興味深い。今では死語となってしまった「銃後」「お百度」「凱旋」などの語にそれを偲ぶことができる。

 

[建立場所]三角山参道お山十文字
[建立年月]昭和六十二年(一九八七)三月
[建立者]用瀬文学碑建設の会
[揮毫者]岡田機外
[寸法]高さ八〇 横幅三〇六 厚さ四十二 cm


歌碑・句碑詳細