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用瀬文学の小径 八百谷杜仙句碑について

ページID:0038751 更新日:2026年3月27日更新 印刷ページ表示
やおたにとせん

山里はむかしのままや雛流す


明治三十四年(一九〇一)用瀬に生まれる。俳句は若いころ、国府の人宗匠岡田機外を招いて師とする「三角山俳句会」に入り研鑽をしていたが中断、その後俳句の隆盛期を迎えた昭和五十二年にいたり踏青会の谷口雲崖主宰を迎え、句会を復興しその会長となった。
社会的にも町の政治に携わり、あるいは社会福祉にも尽力したが、第一線引退後も、用瀬「文学の小径」建設の会会長になるなど、終始郷土文化振興の夢を忘れなかった。平成九年五月没。本名(おさむ)。
代表句に 笹鳴きの間近に聞こえ二の鳥居がある。

 

[建立場所]用瀬町観光物産センター玄関脇
[建立年月]平成十一年(一九九九)六月
[建立者]用瀬文学碑建設の会
[揮毫者]自筆
[寸法]高さ七十七 横幅一三〇 厚さ七十三 cm


歌碑・句碑詳細