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用瀬文学の小径 在原行平歌碑について

ページID:0006893 更新日:2025年10月20日更新 印刷ページ表示

在原行平歌碑

 在原行平歌碑が齋衡二年(八五五)因幡国司として赴任したことはよく知られるところである。百人一首にも因幡を読んだ歌として「立ち別れ因幡の山の峰に生ふる松とし聞かば今帰り来む」と残している。用瀬の古くからの言い伝えに、行平が因幡守の時、用瀬町宮原に住んでいたが、高草郡菖蒲村(現鳥取市)に転住の際、三角山に参詣し種々神饌を供えてこの和歌を献詠したといわれる。ただしこの歌は夫木和歌妙に実録されている歌で、「詠み人知らず」とされていて、行平の歌とする根拠はどこにもないが、「三角の山」の固有名詞や、神に頼むといった言葉が様々な想像を呼んだのであろう。口伝のロマンを今に伝えている。

【建立場所】三角山参道大曲り
【建立年月】昭和五十九年(一九八四)四月
【建立者】用瀬文学碑建設の会
【寸法】高さ二一七 横幅一二七 厚さ六一cm


歌碑・句碑詳細