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池田家ゆかりの地

ページID:0038591 更新日:2026年4月1日更新 印刷ページ表示

池田家ゆかりの地について

 三都市の歴史的な結びつきは深く、江⼾時代の池⽥家(岡⼭系・⿃取系)の国替えなどにより、家⾂、商⼈も含めた⼈的移動など幅広く交流が⾏われてきました。

 

参考写真

歴史
1600(慶⻑5)年 池⽥輝政が関が原の戦いの後、播磨国52万⽯を与えられ姫路城に⼊った。池⽥輝政の弟である池⽥⻑吉が⿃取6万⽯城主となる。
1613(慶⻑18)年 池⽥輝政死去により池⽥利隆が姫路藩(39万⽯)を相続する。
1615(元和元)年 池⽥忠雄が淡路6万⽯から岡⼭に転封され岡⼭31万5千⽯の藩主となる。
1617(元和3)年 池⽥光政が姫路より⿃取に転封され⿃取32万⽯の藩主となる。
1632(寛永9)年

池⽥光政は、⿃取より岡⼭に転封され岡⼭32万5千⽯の藩主となり、池⽥光仲が岡⼭より⿃取に転封され⿃取32万⽯の城主となる。

 

 

姫路市 姫路城

姫路城写真​ 「⻄国将軍」と呼ばれた池⽥輝政は1601(慶⻑6)年から8年の歳⽉を費やし、豊かな財⼒により城を改修。
 ⽩亜の名城とも呼ばれる連⽴式の天守閣群とともに、⼤天守を中⼼とした内曲輪、中曲輪、外曲輪を左回りのらせん状に配置し、江⼾城にも匹敵する縄張りを完成させました。

 

 

岡山市 岡山後楽園

岡山後楽園写真​ ⽇本3名園の1つで岡⼭藩主・池⽥綱政が家⾂の津⽥永忠に命じてつくらせ、1700(元禄13)年に14年の歳⽉をかけて完成。当時としては珍しく、芝⽣を⼤胆に取り⼊れた回遊式の⼤名庭園で、かつては藩主の静養と賓客接待の場として使⽤されていました。

 

 

 

鳥取市 池田家墓所

池田家墓所写真​ 国替えで岡⼭から転封となった初代⿃取藩主・池⽥光仲から11代藩主・慶栄までの歴代藩主のほか親族の墓碑が260余りの灯篭とともに整然と⽴ちならんでいます。

 

 


▼お問い合わせ先

 [姫路市]<外部リンク>

 〒670-8501
 兵庫県姫路市安田4丁目1番地
 姫路市政策局
 ひめじ創生戦略室
 Tel:079-221-2381
 Fax:079-221-2384

 [岡山市]<外部リンク>

 〒700-8544
 岡山県岡山市北区大供1-1-1
 岡山市政策局政策部
 政策企画課
 Tel:086-803-1040
 Fax:086-803-1732

 [鳥取市]

 〒680-8571
 鳥取県鳥取市幸町71
 鳥取市企画推進部
 創生企画課
 Tel:0857-30-8013
 Fax:0857-20-3040

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